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2006年6月30日 (金)

藤田嗣治展

Top_img_2 国立近代美術館にて、2006年3月28日(火)~5月21日(日)に開かれていました「生誕120年 藤田嗣治展(パリを魅了した異邦人)」のレポートです。

この展覧会が催された頃、巷ではWBC(ワールドベースボールクラシック)の話題で持ちきりで、私は、イチロー選手の軍国少年のような愛国心発言に、少し違和感を感じていたのですが・・・、そんな折、この展覧会の告知を兼ねたNHKの特集番組を目にしました、、、。

その中で、海外に渡った日本人画家の中で最も高い評価を得たことで有名な藤田が、第二次大戦の戦時下に帰国し従軍画家として国に仕えた事が今回の出品作とともに紹介されていまして、、、。

その事は以前にも耳にしていて、私の中では、「藤田は戦時下の日本で生きていくために”仕方なく”戦争画を描いていた」・・・と認識していたのですが、実は全く逆で、むしろ積極的にその勤めを果たしていたのだそうで、、、不自然なまでに戦争画に没頭する彼の姿が、どこか?WBCのイチロー選手の姿と重なる様にも思えました。

私の藤田作品との最初の出会いは、大学時代(予備校時代?)に大々的に開かれた「レオナール藤田展」で、独特のアンニュイな人物画に惹かれて見に行き、胡粉を使った白く美しい下地に面相筆で描かれた日本画的な描線に感銘したのが記憶に鮮やかでしたが、今回の展示で見た戦争画にはそんな面影は微塵も無く、徹頭徹尾、硬派なリアリズムによって描かれていまして。

その作品には、戦争という「負」のモチーフにも拘らず、むしろ活き活きとした生命感が漂い、また、そこに描かれた兵隊たちの姿には敵味方の区別もなく、異邦人として海外で生きた藤田独特の「全人類に公平な目線」が感じられて、決して日本の軍国主義を賛美するような作品ではないと私は感じましたが、運命というのは皮肉なもので、、、イチローは「お国の為に頑張った」おかげで国内での名声を高めることができた訳ですが、藤田は「お国のために頑張りすぎてしまった」為に、日本が敗戦国となった途端「国民を戦争へと駆り立てた戦犯」との汚名を着せられ、逃げるようにフランスへ舞い戻り、国籍を捨てフランス人として余生を送る道を選ぶ事になったのです。

私は基本的に、その様な「先入観」や「センチメンタリズム」で作品を評価ることは好きではありませんが、そんな藤田の複雑な心境を知り、改めて自分のルーツや日本文化について考えさせられた展覧会でした。

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マーク・ロスコーとの出会い

Mccormick5257s 川村記念美術館の話題にちなんで、「マーク・ロスコー」についてもう少し。

ロスコーの作品との最初の出会いは、川村美術館に何気なく足を運んだ時でした。
この美術館は1990年に設立された新しい美術館で、私が最初に訪れたのは開館して間もない頃だったように思います。

その時はたしか別の企画展が目的で足を運んだように記憶していますが、最も印象に残ったのは、お目当ての企画展示ではなく常設のロスコー作品でした。

元々私は、写実的なデッサンから絵画の基礎を学び、主に具象画を描いていましたので、抽象画とは縁遠くあまり興味も無かったのですが、ロスコー作品はそんな私の心にもストレートに響いて来ました。

その画面には、主に一色の深いワインレッドの地色に幾何学的な図形が配置されている(何も描いていないものもある)だけのきわめてシンプルな絵画なのですが、平面的な地塗りの微妙な筆致にも深い祈りが込められているようで、単純さを感じさせない迫力を感じ、その時初めて、「抽象画というものの意味」が理解できたように感じましたが、、、。

ただ、その時は、そんな感動だけが記憶に残り、作家名などはあまり意識してみることはありませんでした。(むしろ、そんな情報は必要なく感じたのだと思います)

そして、時は流れ・・・数年後、私は新たな活動の場を求め、姉の住む、サンタフェ(アメリカ・ニューメキシコ州)の街を訪れたのですが、、、。

丁度、滞在が年末に掛かった為、姉の旦那さんからのクリスマスプレゼントで、アメリカの現代アートを紹介する画集を貰いまして、、、その中に紹介されていた、とても気になる作品がテキサス州のヒューストンの「THE MENIL COLLECTION」と言う美術館で見られると言う事を知り、訪れてみる事にしました。

そこはヒューストン郊外にあって、古代の出土品から現代アートまで幅広く収集された個人コレクションを展示する私立美術館だったのですが、お目当ての作品は、美術館内ではなく、少し離れた敷地内に立てられた小さな教会の中に展示されていました。

コンクリート打ちっぱなしの現代建築の内部は壁面が綺麗な8角形に分割され、それぞれの壁に、深い赤紫色(ほぼ黒に見える)ただ一色に塗られただけの巨大なキャンバスが配置されているだけのシンプルな空間になっています。

その中に一人佇んで居ると、川村美術館の記憶が蘇ってきました。。。

程なくして、そのふたつの作品が同一人物の作品と判ったのですが、作品名や作者名などではなく、純粋に作品の放つ雰囲気やパワーに引き寄せられ、二つの「偶然の出会い」が海を越えて繋がった事に、不思議な運命を感じた体験でした。

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パウル・クレー創造の物語

01 川村記念美術館にて6月24日(土)から始まった「パウル・クレー創造の物語」展に行って来ました。この美術館は、「マーク・ロスコー」の巨大壁画(・・・と言ってもキャンバスに描かれた大作)を所蔵しているので、企画展が無くても訪れる価値のある場所なのですが、、、「ロスコーを所蔵する美術館のセレクトによるクレイ展」とあらば、きっとすばらしいに違いない!と言うわけで、早々に足を運びました。

館内の1Fは所蔵品の展示室が渦巻状に配置され、入り口から洋画の間、その奥には日本美術の間、そして反対側へ切り返した現代美術の間から、「ロスコールーム」へと続いています。

私の記憶が正しければ、以前確か2Fの大展示室の一角にロスコーのコーナーがあったように思ったのですが、場所を移動し専用の部屋が出来たようで、、、。

特別に照明の落とされた室内に入ると、深みのあるつや消しのワインレッドの下地に薄っすらと滲み出るように塗られた赤い絵の具が慎ましやかな虹彩を放ち、なんとも言えない透き通った空気が漂い、中央に置かれたソファに腰掛けて居ると、夜の森の月明かりの様な微かな色彩が体中に沁みこんで来て、とても安らかな気持ちになります・・・。

ロスコーは生前、自分の作品が他人のものと並ぶのを極端に嫌ったのだそうですが、確かに、彼の作品はこうしてひとつの部屋に纏まって展示されるのがベストだと思いました。

そんな、最上の食前酒(・・・と言うには迫力ありすぎるが)を味わった上で、2Fの企画展会場へ。

本来は、ロスコーの間から大きく回り込んで2F展示室へ上がるのが順路なのですが、逆流するような形でエレベーターに乗った為(そのときは気づかなかった)、後半のボリューム感のある作品のコーナーから入り口付近の軽めのスケッチへと逆流する事になってしまい、、、食前酒の後にいきなりメインディッシュを食べた様な形になってしまったのですが、、、。

軽めのスケッチと言えども存在感は本画に引けを取らず、逆に、ポールクレーの真価は、「前菜=スケッチにあり!」なのではないか?と感じました、、、。

通常我々が絵を描くとき、練習や下図には安価な材料を用い、アイデアが纏まった段階で、「完成度(=物体としての高級感)」などを意識して、キャンバスや和紙などの高価な画面に「清書」する、、、と言う感覚があるのですが、彼の作品にはそう言った区別が感じられず、毎日日記を書き留めるようにスケッチをし、そのままの気持ちで油絵の具を手にしてキャンバスに向かっていたのではないか?と。

当然ながら、展覧会の会期ギリギリに焦りながら大急ぎで間に合わせる・・・な~んて、愚行は一切無かったのではないか?(苦笑)

などと、我が身を省みつつ、そそくさと美術館を後にした、私なのでありました。(笑)

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Blog設置しました。

絵画教室のブログを設置しました。

教室の連絡事項や展覧会情報など、様々な話題を取り上げてゆこうと思います。

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